35歳、2児の父、公務員歴14年で退職した「ルイーダ」のハルって何者?【詳細プロフィール】

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ハル
ありがたいことに、Googleで「ハル ルイーダ」と検索する人が増えてきたので、詳細プロフィールの記事を書きます。はじめまして。ハル(@harumizuki423)と言います。1982年生まれの奈良県出身、大阪在住。35歳、2児の父。14年勤務した公務員を退職し、2018年4月からフリーランスになりました。

 

「なんで公務員をやめたの??」

「辞めてこれから何するの??」

と思う人もいるかもしれません。

 

ハル
それも含めて、ぼくのこれまでの半生をダイジェストで紹介しながら説明させてください。

 

▼自己紹介動画もあります

 

 

***

少年ジャンプとファミコンに没頭し、ドキドキ!ワクワク!の日々を送っていた小学生時代

毎週月曜日は学校が終わったら『少年ジャンプ』を買いに猛ダッシュ!!

そして、寝食を忘れるほどむさぼりながら読む!!

そんな小学生でした。

「晩御飯できたで〜!!」

母がそう呼んでくる声も聞こえないほど。

(何回か無視の末、鬼ギレされて事態に気づく)

てかね、

少年ジャンプの1990年代の黄金期のラインナップがアカンのですよ。

  • ドラゴンボール
  • 幽☆遊☆白書
  • ダイの大冒険
  • まじかるタルるーとくん
  • スラムダンク

ね?

名作だらけなんで没頭するのは無理もないんですよ。

あと、これにもハマりました。当時のファミコン

ロールプレイングゲーム「ドラゴンクエスト」にハマりました。しかも、次から次に新しいシリーズが発売されるので時間がいくらあっても足りません。だから寝ずに漫画とゲームに没頭していました。

 

頭の中は、漫画とゲームでいっぱい。

この頃は、なんの悩みも無い最高の日々を過ごします。

 

 

そんなぼくでしたが、小学校4年生から『スラムダンク』の影響を受けてバスケットボールを始めます。

初恋の子もバスケが好きな子でした。

だから「もっとバスケがうまくなってカッコいいところを見せられたら好きになってもらえるかも!」と思っていたり。

この気持ちはまさに、スラムダンクの主人公の桜木花道のよう。

 

学校の校庭でしか練習ができませんでしたが、

  • 授業が始まる前
  • 給食を5分で食べ終えた後の昼休み時間
  • 放課後

平日は毎日バスケを楽しんでいました。

ついには、休みの日も「シュートの練習がしたい」と父親に頼み、家の柱にゴールを付けてもらいました。

 

(残念ながら初恋の子は、6年生の2学期に転校してしまいましたが)その後も毎日練習していたので、我ながら将来はバスケットボール選手になれると思えるくらいにうまくなってました。

漫画やゲームは子どもの夢を支えるエンジンのようなもの。

人生を豊かにする大切なエンターテイメントです。

 

 

中学校でバスケットボールを続けようと思っていたけど、クソ顧問とケンカして3日で退部

当時の顧問とのやりとり

↓↓

顧問「お前のシュートの打ち方はアカン!!」

ぼく「うるさいねん…。入ればええやろ。」

顧問「アカン!もっとスナップをきかせて投げなアカンのや!」

ぼく「関係ないて。好きにやらせろや、うるさいねん。」

顧問「なんやその口の利き方は!!!!」

ぼく「やかましいはお前の声やろ!おもろくないから辞めるわ!」

以上、バスケットボール選手への夢が絶たれた瞬間です。

学校の先生の中には上から目線な先生もいますが、目線を合わせて対等に接してくれる先生もいました。

でも、多くの先生は、

  • 「これせえ!」
  • 「これしたらアカン!」

って「強制」「禁止」をガンガンしかけてきました。

  • やりたくないのにやらないといけない
  • やりたいのにやっちゃいけない

これが、子どもの没頭(自主性)を破壊してしまうとぼくは感じています。 

子どもに限らず、大人でもこんな気持ちじゃ没頭できないじゃないですか。

社会人になって上司に強制禁止を繰り返されたら、

「やってられんわ。ほんだら全部指示出せよ。」

「勝手にやったらゴチャゴチャ言うてくるやん。」

「言われるのうっとうしいから自分からなんもせんほうがええわ。」

と反発したり、コミュニケーションとりたくないなぁって思っちゃったんです。

 

 

大人への反抗心からロックの道へ

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黒夢 / Like @ Angel

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LUNA SEA / ROSIER

ロックバンドも黄金期。

他にも、

  • L’Arc~en~Ciel
  • X JAPAN
  • SIAM SHADE

没頭しないわけがないですね。

バスケ部を辞めた後、同級生のユウキから「ギター、一緒にやろうや!」と声をかけてもらい、ギターを弾いてみるも、あまりの難しさにイライラ……続かず断念し、部屋のオブジェと化します。

それを見たユウキが「お前指長いからベースやれば?バンドやりたいからベース弾いて、この曲のベースかっこいいから聴いてみて」と言ってきました。

↓↓

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Lies and Truth  / L’Arc〜en〜Ciel

冒頭のサビ終わった後のベースを聞いて、、、

「かっけぇ!!!!」

それは、まるで「ドラゴンボールZで悟空が犠牲になりながらもサイヤ人のラディッツを貫いたピッコロの必殺技の魔貫光殺砲」のようにぼくの胸を貫いたのです。

すぐにベースを買ってもらえなかったので、仕方なくギターでベースの練習をしました。毎日努力しながら訴えた結果、中学2年生の時にベースを買ってもらい、寝食を忘れるほどに弾きまくる毎日を送ります。

リズム感だけはあったようでドンドンうまくなっていきました。

当時弾いていたのと同じ形のL’Arc~en~Cielのtetsuモデル

この頃には、漫画もゲームもやめて完全に音楽に取り憑かれている状態。

しかし、そんなぼくにボスがやってきました。

高校受験

中学二年生の3学期時点で、ぼくの成績は崩壊していました。

五段階評価で3すらろくにない。ほぼ2。

学校の先生の授業がおもしろくなかった。(せいにしておこう。)

 

 

学校は、友達と「ダウンダウンのごっつええ感じ」のネタをやって大笑いするだけの場所だと思っていた

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面談で担任の先生から、ぼくの壊滅的な成績を聞いた母が、ぼくの部屋に入り話かけてきました。

母「お前塾に行かな、高校も行かれへんやないか」

ぼく「塾??俺が??」

母「家の近くにあるから。悪いこと言わんから。な?」

ぼく「(究極的におもろくなさそうやけど…みんな高校行くしなぁ。)わかった」

 

 

奥田民生似の個人塾の先生のおかげでなんとか成績は向上し、無事に高校進学

いつも寝ぐせがあり、常にカレーの匂いがする先生でした。

教え方がうまくて眠くならない。

ぼくの壊滅的な成績はなんとか持ち直しました。

「とりあえずこれで高校行ける」

とひと安心。

ユウキたちとのバンド練習の日のことでした。

ベースを担いで早く家を出て練習に向かいたい…。

でも、母親に見つかるとキレられる…。

母親がトイレに入っている時に出ていこうと判断し、チャンスを待ちます…。

ガチャ…パタン。

「今や!!」

家を飛び出て自転車に乗り込むことに成功!

それから自転車を走らせて5分のメンバーの家へ。

しかし、どうやってその場所を嗅ぎつけたのかわかりませんが、練習中に母親から電話が入りました。

電話を取ると…

「ンいqjさfほ:ljdfglsz;:kgjwr@ぽgじょいあlrwghj:あljkdgs:↑ljdgfぽsd↓kgfsdz「p;sdっfdさfdさ!!!!!!!!!!」

予想通り鬼ギレ状態。

受話器を取った時から、母が何を言っているのか全くわかりませんでしたが、とりあえず家に帰ってこいということは理解しました。

帰ってから話を聞くと、

「受験まで後もう少しなんだから我慢して勉強や!!」と言われました。

ぼくは「なんで好きなことをこんなに我慢してまで受験しないといけないのか?」という疑問が消えませんでした。とりあえず「言うこと聞いてる姿勢」だけは見せていました。

高校に無事進学してからは、軽音楽部に入りました。

顧問はぼくらの自主性を尊重してくれる先生で、良い環境の中で3年間部活を続けられました。

部活や地元のバンド活動でライブをしている時、ベースを弾くことでお客さんを楽しませることができることに生きがいを感じていました。

が!!!

そんなぼくが高校2年生になった時、裏BOSSの登場です。

ドラクエⅢの、魔王バラモスの後の大魔王ゾーマがいることがわかった気持ちに似ていました。

大学受験。

またかよ…。

 

 

二度の大学受験に失敗し、暗闇の中をさまよった浪人・専門学校時代

高校の附属的な大学には、行きたい学部が無かったので進学を希望せず。

「文系で一番カッコいいのは法学部…。弁護士カッコええやん…!!」という超単細胞的な動機から法学部を目指しました。

受かればめっちゃ勉強したらどないかなるやろと思って現役で受験にのぞみました。

そんなバカは当然、現役時代に大学受験全部落ちるわけです。

その日の夜、家族会議が開かれました。

「一年予備校に行って勉強して、また来年受けたらええやんか、な?」と母。

そうして、予備校に通って浪人生活が開始。

そして、勉強して受験した結果…!

浪人しても大学に全て落ちるわけです。

家の中の雰囲気の暗いことこの上無し。ぼくはバカだから東京で音楽やるか、手に職つけるなら美容師になりたいと思うようになりました。それを親に相談したところ、

両親が重い口を開き…

「それでメシが食えるんか?公務員の専門学校なら行ってええぞ。他はアカン。」

と言いました。

予備校で唯一の友人のカズアキも希望の大学に全て落ち、進路をどうするか迷子状態。そのカズアキに「大阪の梅田の近くの大阪法律専門学校に見学しに行くんやけど」と言ったら、「お前そこに行くなら、俺も行くわ!」と即答。このバカなテンションのカズアキがいるのが救いでした。

これで公務員になれなかったらもう家を出て働くしかない。

カズアキから「服買いに行くから付いてきてくれ」と言われ、大阪の難波・心斎橋に行った時に、高確率で黒いスーツの人が話しかけてきてこう言いました。

「お兄さん、うちで働きません??」と話しかけてきたのです。

ホストの勧誘でした。

この時、「こんな価値無しの自分でもニーズがあるのか?」と開き直り、「公務員試験に全部落ちたらホストになって、美容師になるために学校にいく学費を貯める!」と決意。

開き直ったぼくは、毎日朝は8時から夜は10時まで勉強。

学生時代で一番勉強した2年間だと言えます。

そして、力を振り絞って公務員試験を受験したところ……

見事、希望の役所に合格!

 

 

社会の崖っぷちにいたクソガキが世の中の「安定のレール」に乗った

採用後は、経理を3年、道路管理と苦情を聞くのに3年、精神保健福祉業務での相談・現場対応兼自殺対策の業務で4年間。

特に精神保健福祉と自殺対策を担当していた部署では、分野がメンタルということもあり、人間のしんどい部分と向き合う仕事をしました。

道路管理と合わせて7年間ほど苦情や相談電話を聞き続け、それまで仕事で没頭できたことはありませんでした。

見た目も中身も異端児なバカだったのですが、ついにぼくは天職に出会います。

役所に入って10年勤務し、初めて人事異動の希望が叶いました。

31歳の時から、約3年間7ヶ月の間、県のPR業務の担当になったのです。

この部署は法律の縛りもなく、役所の中でも特に自由な職場でした。

 

 

睡眠や食事以外のほとんどの時間は広報PRを学び、実践していたと言っても過言ではなかった

学んだことはA4の紙にまとめてファイリング

その姿はまるで、トイレに行きたくても我慢しながら「ドラクエ」をやり続ける小学生のようでした。

 

▼担当していた主な業務内容

  • 地域活動をしている住民のミニドキュメンタリー番組の制作
  • SNSへの投稿(Twitter・Facebeook)
  • イベントや政策のPR記事をホームページへに記事を書く

 

 

▼情報を伝えるために身につけた主なスキル

  • ドキュメンタリーのストーリー構成
  • 記事のライティング
  • 写真・動画の撮影と編集

 

 

▼休みの日もひたすら独学とセミナーでスキルアップ

  • フリーランスの安藤美冬さん(@andomifuyu)、塩谷舞さん(@ciotan
  • お笑い芸人であり絵本作家のキングコング西野さん(@nishinoakihiro
  • ブロガー・作家のはあちゅうさん(@ha_chu
  • 元静岡県庁職員で、東海大学教授の河井孝仁さん

著書や、ネットのインタビュー記事をとにかく読んでは、マインドマップ型でメモしてファイリングし、時間のある時にインプットしてそれを仕事で実践。

とにかくトライアンドエラーを繰り返していました。

 

 

広報PRに注いだ時間は10,000時間超えていた

「10,000時間以上努力すれば、その業界の上位20%の人材になれる」という10,000時間理論があることを後で知りました。

「没頭」こそが全て。

30歳を超えても人は、好きなことに没頭できる。

小学生の時の『少年ジャンプ』とファミコンに没頭していた時以来の気持ちが蘇りました。

人に伝える仕事が、とにかく楽しくてオモロい。

特に「人」を伝えるための究極のPR手段は、ストーリーだと理解しました。

なぜかというと、ドキュメンタリー番組を見終わった時、出演した人のことを好きになっている自分に気づいたからです。

 

ドキュメンタリーTV番組の『情熱大陸』。

この番組は、何ヶ月もかけて密着取材して、出演者の一番良いところをギュギューッと絞り出しています。 医療、ラーメン屋、役者、モデル、歌手……ジャンル問わずおもしろいので、いつも淹れたコーヒーがさめてしまうくらい無言で見入ってしまったり。

「写真と記事」だと、その人の味が出ないこともありますが、「映像」は出演者の人間性の体感度が高いのでめちゃくちゃおもしろい。

 

 

ストーリーを作れる人は、AIやロボットに負けない

人間は、AIには計算速度・処理能力、正確性では勝てません。

じゃあ、何なら負けないか考えました。

ぼくは、人間とAIの差は「体温」だと思っていて。具体的にいうと物語(ストーリー)がつくれるのは人だけだと信じています。

なぜこう思えるのかというと、AIはコンピューター、計算機にすぎないからです。それに、「世界初!AIが作ったストーリー」というタイトルの記事を見ても興味が湧きません。

 

「効率性」を重視するAIに、人のアナログで非効率な感情をうまく表現できるとはとても思えないのです。

  • 自分が好きなまちや社会をもっともっと良くしたい
  • 自分が好きなことに挑戦したい

そんなふうに思っている人の思いや行動が、それを見た人の心に感謝・感動、応援の気持ちを生みます。

 

 

情熱大陸は、週1回しか放送されないし出演者は有名人……無名だけどすごい人の存在を伝えたい

ぼくが伝えたいのは、

「無名だけど、すげぇことをやっている人」です。

例えば、奈良県内のある地域で暦野球大会」をはじめたシニアの方がいます。

その方は、経済効果を何千万円と生みだしていますが、世の中に十分に知られていません。大会を開催すると、他のまちからすごい数の選手がやってきて宿泊したりご飯を食べたり、お土産を買うじゃないですか。

「地域にめちゃくちゃ貢献しているのに知られてないってなんなんだろう?もっとこういう人が認められる社会であってほしい!」と思うんです。

PRのノウハウは学校で習わないのでみんな自分のPR方法がわかりません。だからすげぇこと」をやっているのに、PR力が無いだけて埋もれてしまう。

このことに、強い違和感を感じるのです。

 

 

▼挑戦者にPR力がないために起こる負のサイクル

知られるチャンスが少ないから理解されにくい。

仕事が得られず稼げない。

社会やまちのためにがんばっている起業家やフリーランスが生活できない。

「雇われている方がリスクが少ない」と思った人(大学生含め)が挑戦しにくくなる。

社会やまちが元気にならない。

働き方・生き方に多様性が生まれない。

この流れを断ち切るために、ストーリークリエイターとして活動し、PRのコンサルティングを含めてサポートしていきたいと決意。

これがぼくのメインの仕事です。

 

 

誰もが発信者になれる時代の到来し、やりたいことが35歳にして見つかった

役所の中で勤務できたからこそ、いろんな社会問題があることを理解しました。

社会問題を少しでも解決していきたい…!

社会問題を解決するには、コミュニティ(チーム)が必要です。そこで、ぼくは「ルイーダプロジェクト」を考えました。

この「ルイーダ」はドラゴンクエストⅢで出てくる「ルイーダの酒場」からきています。この酒場は「勇者が魔王を倒すために一緒に旅に出る仲間を探す場所」のことです。

リアルな世界でいう「魔王」は「社会問題」。

その社会問題を解決するために立ち上がろうとする挑戦者のネットワーク形成ができていないことと、実際に集まる場所(お店)がないことが課題です。

実際にフリーランスとして活動している友人も、地方で起業家やフリーランスと出会えないし、プロジェクトも作れてないと言っています。「ルイーダ」という場所をつくり、多様なメンバーがつながって、まちを元気にするプロジェクトをドンドン生み出していけたらおもしろいじゃないですか。

大学生のうちから稼ぐことを学び、組織に属さなくても好きなことを仕事にして生活していけるようになってから就職してほしい気持ちがあります。

会社や役所に入っても、上司と部下の上下関係があります。

上司と対等に意見を言い合うには、「いつ辞めても自分はメシを食っていける」という気持ちがないと、言いたいことも言えずに我慢したり、言いなりになってしまいますから。

このプロジェクトを考えたルーツは、ぼく自身が子どもの頃から好きなことに没頭することを受験や就職に阻まれてきたことです。

「安定した企業や役所に入ること」を目指してがんばることが正しい選択という偏った社会の常識が、子どもたちや若者のの可能性を小さくしているのです。

しかし、テクノロジーが発達・普及したことにより時代は大きく変わり、AIやロボットがこれからドンドン従来の職業を奪っていきます。

「安定した企業や役所」なんてものはもう存在しないのです。

こういう多様性重視の時代では、オール3ではなく「自分にはこの武器がある!」と言えるほど、何かに没頭することが必要です。

ぼくは、何かに没頭している人、挑戦している人が好きです。

武器を持ったもの同士で、社会問題に立ち向かいたい。

それに自分が「この人すげぇ!」って思った人のストーリーを発信して、もっと多くの人に伝えたい。その人の魅力が多くの人に伝われば、もっと活動しやすくなると確信しています。

 

 

「ルイーダプロジェクト」を支えるのは地元愛だから、ぼく一人では絶対にできない

ぼくは奈良出身で、高校から大阪の学校に通っていました。

35歳の今まで奈良と大阪の一部のエリア以外で生活したことがありません。

そんなぼくが「東北や北陸地方を元気にしたい!」と心から思えるかというと、正直そうは思えません。

でも、奈良や大阪、関西は確実に元気にしたい。

ぼくがこんなふうに思うように、「東北や北陸、九州を元気にしたい!」と思っている人がいるはずだと思い、Twitterでこんなアンケートをとってみました。

全国でこの「ルイーダプロジェクト」を展開することができれば、日本全体が元気になっていくはずだと信じています。

「ルイーダ」同士を「ルーラ」したいし、そこでいろんな人と出会えれば最高です。ワクワクしてきます

※ルーラ・・・ドラクエの魔法。地点ごとのある場所に移動することができる。

 

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ハル
長い記事になりましたが、読んでくれてありがとうございます。ぼくはこれからストーリークリエイターの活動をおこないながら「ルイーダプロジェクト」を進めていきます。パーティに加わってもらえるとうれしいです。

 

 

このブログで配信していきたいこと

  • 超文系だけどAI時代を生き抜きたい
  • 役所や会社に縛られない働き方がしたい
  • PC1つで場所に囚われずに仕事がしたい
  • 30代だけど人生リスタートしたい
  • 感謝・感動を生む仕事がしたい

そんなふうに思っている人に向けて記事を書いていくので、よろしくおねがいします!

 

 

7/31までクラウドファンディングに挑戦中です

学生時代〜公務員退職後までを綴った『グッバイ公務員』の書籍化プロジェクトについて、クラウドファンディング挑戦日記を書いていますので、興味の有る方はのぞいてみてもらえたらうれしいです。

▼クラウドファンディング挑戦日記

関連記事:6月23日にクラウドファンディングプロジェクト『グッバイ公務員』公開します

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

ストーリークリエイター。公務員歴14年で退職し、「ストーリー」を武器にAI時代の生き抜き方を実践するノマドワーカーへ転向。 奈良をおもしろくするプロジェクト「編集奈良」と、そのメディア「ならマガ」 で活動中。