私の目標は、キティちゃん。 アーティスト・女優 AO

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ハル
こんにちは、ハル(@harumizuki423)です。今回は、2000年生まれ、高校3年生の18歳のAOさんのドキュメンタリーをお届けします。小学校からのいじめや不登校、摂食障害を乗り越え、アーティスト・女優活動している2000年生まれの18歳の”天才”の価値観とは――。 

 

ムービーで視聴する方はこちら

 

 

”天才の友人”が”天才”と呼ぶ人物に会ってみたくなった

アーティスト・女優 AO(Facebookプロフィールより)

アーティスト・女優 AO(Facebookプロフィールより)

(NA)アーティスト・女優として活動している2000年生まれの18歳、AO。

高校3年生でありながら、現在、日本全国旅の真っ只中だ。

 

 

(NA)AOは、今年1月にクラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」で、日本全国旅のプロジェクトを掲載。

1日で目標金額の100万円を達成した。

さらにおよそ約2ヶ月で、146人から200万円を超える支援を受けた。この支援により、5月6日から「AO旅」と題して日本全国旅がスタート。現在、日本の伝統工芸や文化を学んでいる。

 

 

沖縄にて:金細工又吉家の七代目、又吉健次郎さんとAO

世界遺産・斎場御嶽にて

世界遺産・斎場御嶽にて

 

 

企業からの依頼で絵を描いたり、講演活動や女優としてマルチに活動

某企業の壁

某企業の壁

 

 

(NA)今回、AOと会うことになったキッカケは、友人のシンドウトシキ(@hanari_inc)からの連絡だった。

シンドウトシキ

シンドウトシキ

 

シンドウはキングコング西野の大ヒット絵本『えんとつ町のプペル』の宣伝会議 in 京都を主催するメンバーであり、

 

(NA)8月25日には、京都のイオンシネマ桂川で世界のニシノ万博というイベントを開催する。

 

▼「世界のニシノ万博」イベントページ(申し込みはこちら

 

(NA)シンドウの人生の目的は、「浮遊都市」を作ること。東日本大震災で多くの人たちが亡くなったことや原発事故で被害が出たことから、少なくとも自分の大切な人や仲間を救いたいと思うようになった。

イメージ

イメージ

 

(NA)そんなシンドウから、「会わせたい人がいる」と連絡が入り、AOが京都にやって来る6月1日に紹介してもらうことになった。

京都タワー

京都タワー

京都駅にて

京都駅にて

AO:はじめまして、AOです。よろしくおねがいします。

 

 

――シンドウがAOを知ったきっかけは

 

シンドウ:AOさんを知ったキッカケは、、、ホームレス小谷さんがFacebookで小谷さん、AOさん、お母さんっていう面白い3ショットの写真を投稿していたんですね。

その時の投稿写真

その時の小谷さんの投稿写真

シンドウ:それでAOさんのことを調べてみると、いろんなバックボーンを持っていて、当時17歳ですごく若いのに面白いこと考えてるなとか、応援したいなと思っていたら、AOさんがクラウドファンディングを立ち上げたんです。

プロジェクトの内容が、「日本全国まわって伝統工芸を見てそれを世界に発信したい」というもので、「これはぜひ応援したい」と思ったんですね。支援もしましたけど、少なからずいろんな人に知ってほしいと思って周りに広めてました。

 

シンドウ:会うのは今日初めてなんですけど、写真で見ていたより、オーラがすごい伝わってくるし。

そういう人ってなかなかいないじゃないですか?

実際会ってみた率直な感想は、18歳の女の子なんですけど、内に持って秘めてるもののパワーが伝わってくるのがすごいなと思います。

 

 

――全国旅を始めてこれまでどう楽しんでいますか?

AO:沖縄の石垣島からスタートして、いろんな職人さんだったり、いろんな方の紹介だったり、パスがパスを呼んで、私が”ボール”になってる感じでいろんなところに行ってて。出会う方々がみんな面白いです。

旅に出た目的は、伝統工芸を見たいっていうのもあるんですけど、18年間で作り上げてきてしまった固定観念を壊したくて。いろんな人に会って、いろんな人の世界や意見を知れるのがすごく楽しいです。ワクワクしてるし旅に出る前よりも笑ってます。

全国に仲間ができるっていう感覚があって、しかも「また帰っておいで」ってみんな言ってくれるんですよ。「私帰るところめっちゃある」と思って、「これでいつでも家出できる」と思ったり。(笑)

すごく楽しいです。

 

 

――いつから女優に興味を持ちましたか?

AO:女優を目指そうと思ったのが、小学校4年生くらいで、その時はずっといじめられてたんですね。テレビに出れば、みんなから「好き」って言ってもらえたり「すごいね」って褒められたり友達がいっぱいできると思ってたんです。あと「撮影とかで学校が休める」と思ってたんですね。

そういう考えで「女優になろう」って思ってたんですけど、今はそういう思いは全くなくて。ただただ「表現」っていうものがすごい好きだし、自分の生きてる世界とは全く違うドラマのような異世界に入るのがすごい好きなんです。本当に好きなことをただ貫いているだけで続けてるんですけど。

いじめられてた時は、仕事を取るのに必死すぎて逆にオーディションの時に審査員側に圧力を与えたと思うんですね。でも今はそうじゃなくてラフな感じで、「これがわたしだよ」っていうふうにナチュラルな感じにできているので、お互い良い関係が築けたりとか、ホンネで言い合えて、それで仕事が決まるようになってきました。

 

 

小学生時代のイジメ、不登校、摂食障害に苦しんだ過去

――小学生の頃からイジメを受けて、不登校や摂食障害になった過去があると知りましたが、当時はどんな状況だったんですか?

AO:私は小学校6年間ずっといじめられてて。いじめが原因で転校とかじゃなくて、親の仕事での転校が多かったんですけど、どこ行っても本当に馴染めなくて。

最初はちょっかいから始まったんですけど、そこからどんどんエスカレートしていって、物がなくなったと思ったら、池に捨てられてたりとか、油性ペンで名指しでめっちゃヒドイこと書かれたりとか、授業中に暴言言われたりとか。そう思っていてたら急に空気扱いで私が存在していないような感じになったり。苦しかったんですけど、親が大好きすぎたが故に、相談できなかったんですよ。

4人兄弟の長女で、下3人弟がいるんですよ。「長女だから」って勝手に背負っちゃって。親には元気な私を見せたかったし、友達がたくさんいて笑っている私の姿を見せたかったから全く相談できなかったんです。

でも、本当に色々言われすぎて「すごい辛い」ってなったときに、思い切って学校の先生に泣きながら相談したら「泣きのヒロイン?」って言われて。先生はそのままスルーしてその場を立ち去ったんですね。

私はそれにすごく傷ついて。「あ、人間ってそういう生き物なんだ」と「私を傷つけるものなんだ」と思って、人を信じないし、頼らないようになって、ずっと孤独に生きていました。

それで中学生になっていじめはなかったんですけど、「一人」っていう感覚がまだ残っていたんです。学校に行くのも嫌で仮病したり、親のふりして学校に「今日休みます」って言ったりとか……あとは醤油を一気飲みしました。醤油をコップ一杯ぐらいを一気飲みすると熱が出るんです。

 

――醤油って戦時中みたいですね。

AO:みんなからよく言われるそれ。(笑)

体温計こすったりカイロを使ったりって調整が難しいじゃないですか。醤油だったらいい感じに体温が上がるっていうの知ってたから、それをやって休んでました。出席日数が通知書に書かれるじゃないですか。だからわざわざ修正液で消して、日数変えてコピーし直してファイルに入れ込んでバレないようにしてました。

当時、体重が55kgぐらいあって、身長も今より低くてぽっちゃり体型というか太ってたんですよ。そうするといろんな人から「痩せないと可愛くなれない」とか言われて、「あぁ、そういうものなんだ」って思い込んじゃって。「痩せてて可愛かったら友達からもモテるかもしれない」とか、「仕事がたくさんもらえるかもしれない」っていう期待があって、一気にダイエットし始めたんです。

減量して食事を一切取らなくなったら、身体が本当に受け付けなくなっちゃったんですね。そうすると心もどんどん病んでいって、いじめられてた延長線上で摂食障害になってまた病んでいって。

自分の生きる価値がわからなかったし、「なんで私生きてるんだろ…」とか、「なんで産んだの?」って親にも逆ギレする気持ちも芽生えてしまって、すごい辛い時期がありましたね。

 

 

――今のAOさんからはイメージできないんですけど、どうやってそこから抜け出したんですか?

AO:体重が55 kg から一気に32 kgに落ちた時に、身体に力が入らなくなって動けなくなったんですよ。硬直しちゃって。その時に「あ、これ私死ぬ…」って思ったんですよね。

でも、なぜか今まで存在価値がわからなくて「死にたい」って思ってた自分がなぜか「生きたい!」に変わったんです。そうなった時に初めて自分と向きあったんです。「生きるためには何をしなきゃいけないのかな」って思った時に、「あっそっか」って気づいたのが、今まで誰かの人生を歩んでたなと思って。人の顔色伺って、人に好かれたいが為に自分を殺してたと思って…死んで生きてたみたいな感じ。

「もうそういう生き方はやめよう!」「自分を生きよう!」と生き始めて、それからは自分が幸せになるために何かするし、自分が楽しいって思うことをするし。もちろんみんなを幸せにしたいし楽しませたいっていう気持ちはあるんですけど、まず自分が幸せで楽しんで生きていないと伝わらないし理解もされないだろうって思って。

その考えを極めてたら生きるのがめっちゃ楽しくなりましたね。もう本当に「人間こんなにコロって変わんの?」ってくらいになっちゃって。ネジが締まるどころか全部抜けちゃった感じで。その喜びの表現方法が絵・アートになったんですね。それでSNSとかで発信していたらたくさんの人が「いいね!」って言ってくれて、今自分が楽しんで絵をかけたり、自分のために絵を描けたりしてます。

 

 

目標は、”キティちゃん”

――ありがとうございました。一歩踏み出せない人へのアドバイスとこれからの目標をお願いします。

AO:私がむかし何も挑戦できなかった理由は、「世界ってすごい怖いもの」って勝手に思い込んでたっていうことなんですね。でも、旅をしてみたり好きなことをやってみると、全然怖くなくて、勝手に思い込んでただけなんだなって本当に思って。世界は意外と明るいし、楽しいし、ワクワクするものばっかりで。だからそういう自分の思い込みが外れてからすごく世界が変わりましたね。

 

AO:今後の目標としては、「将来こんな職業になりたい」ってのはないんですけど、キティちゃんになりたくて。

キティちゃんはヤバイんですよマジで。

誰とでもどんなブランドとでもコラボするじゃないですか??

すごいフラットでシンプルじゃないとできないことだと思っていて。

私もキティちゃんみたいにたくさんの人とコラボして世の中に新しいものとかワクワクするものをたくさん作っていきたいなと思っています。

 

(NA)誰かの人生ではなく自分の人生を生きる――。

若干18歳にしてAOは「人生」の本質を理解している天才だった。

とてつもなく自由で、青空のように無限の可能性が感じられた。

きっとこれからぼくたちにワクワクする世界を表現してくれるに違いない。

 

出演:AO

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編集後記

ハル
AOさんのこれまでの人生ストーリーどうだったでしょうか。周りの人の価値観は変えられなくても「いかに自分の人生を生きるか」という自分の意思を尊重することの大切さを教えてもらいました。AOさんありがとうございました!

 

取材後、京都駅前にて

取材後、京都駅前にて

 

 

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ドキュメンタリー記事:「いつか誰かが」ではなく「今自分たちが!」古都・奈良の公務員 高松明弘(その1)

 

 

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