なぜ、35歳2児の父のHARUは公務員歴14年で退職したのか?(第2話)

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学校は友達と「ダウンダウンのごっつええ感じ」のネタをやって大笑いするだけの場所だった

中学2年生の3学期時点での成績は崩壊状態。

5段階評価で3すらろくにない。

ほぼ2。

 

学校は、友達と「ダウンダウンのごっつええ感じ」のネタをやって大笑いするだけの場所でした。

面談で担任の先生から、ぼくの壊滅的な成績を聞いた母が、ぼくの部屋に入り話かけてきました。

 

母「お前塾に行かな、高校も行かれへんやないか」

HA「塾??俺が??」

母「家の近くにあるから。悪いこと言わんから。な?」

HA「(究極的におもろくなさそうやけど…みんな高校行くしなぁ。)わかった」

 

 

奥田民生似の個人塾の先生のおかげでなんとか成績は向上し、無事に高校進学

いつも寝ぐせがあり、常にカレーの匂いがする先生でした。

教え方がうまくて眠くならない。

ぼくの壊滅的な成績はなんとか持ち直しました。

 

「とりあえずこれで高校行ける」

とひと安心。

 

ユウキたちとのバンド練習の日のことでした。

ベースを担いで早く家を出て練習に向かいたい…。

でも、母親に見つかるとキレられる…。

母親がトイレに入っている時に出ていこうと判断し、チャンスを待ちます…。

ガチャ…パタン。

 

「今や!!」

 

家を飛び出て自転車に乗り込むことに成功!

それから自転車を走らせて5分のメンバーの家へ。

しかし、どうやってその場所を嗅ぎつけたのかわかりませんが、練習中に母親から電話が入りました。

 

 

電話を取ると…

「ンいqjさfほ:ljdfglsz;:kgjwr@ぽgじょいあlrwghj:あljkdgs:↑ljdgfぽsd↓kgfsdz「p;sdっfdさfdさ!!!!!!!!!!」

 

 

予想通り鬼ギレ状態。

 

 

受話器を取った時から、母が何を言っているのか全くわかりませんでしたが、とりあえず家に帰ってこいということは理解しました。

 

帰ってから話を聞くと、

「受験まで後もう少しなんだから我慢して勉強や!!」と言われました。

ぼくは「なんで好きなことをこんなに我慢してまで受験しないといけないのか?」という疑問が消えませんでした。とりあえず「言うこと聞いてる姿勢」だけは見せていました。

高校に無事進学してからは、軽音楽部に入りました。

顧問の先生は生徒の自主性を尊重してくれる先生で、良い環境の中で3年間部活を続けられました。

部活や地元のバンド活動でライブをしている時、ベースを弾くことでお客さんを楽しませることができることに生きがいを感じていました。

 

 

が!!!

そんなぼくが高校2年生になった時、お待たせしました!!!

 

裏BOSSの登場です!!

ドラクエⅢの、魔王バラモスの後の大魔王ゾーマがいることがわかった気持ちに似ていました。

 

 

大学受験。

またかよ…。

 

 

二度の大学受験に失敗し、暗闇の中をさまよった浪人・専門学校時代

高校の附属的な大学には、行きたい学部が無かったので進学を希望せず。

「文系で一番カッコいいのは法学部…弁護士カッコええやん…!!」という超単細胞的な動機から法学部を目指しました。

受かってめっちゃ勉強したらどないかなるやろと思って現役で受験にのぞみました。

 

そんなバカは当然、現役時代に大学受験全部落ちるわけです。

 

その日の夜、家族会議が開かれました。

「一年予備校に行って勉強して、また来年受けたらええやんか、な?」と母。

そうして、予備校に通って浪人生活が開始。

そして、勉強して受験した結果…!

 

 

浪人しても大学に全て落ちるわけです。

 

 

家の中の雰囲気の暗いことこの上無し。

 

まるでお通夜。

 

ぼくはバカだから東京で音楽やるか、手に職つけるなら美容師になりたいと思うようになりました。それを親に相談したところ、

 

両親が重い口を開き…

「それでメシが食えるんか?公務員の専門学校なら行ってええぞ、他はアカン。」

と言いました。

 

予備校で唯一の友人のカズアキも希望の大学に全て落ち、進路をどうするか迷子状態。そのカズアキに「大阪の梅田の近くの大阪法律専門学校に見学しに行くんやけど」と言ったら、「お前そこに行くなら、俺も行くわ!」と即答。

 

 

このバカなテンションのカズアキがいるのが救いでした。

 

 

これで公務員になれなかったらもう家を出て働くしかない。。。

 

 

 

ある日、カズアキから「服買いに行くから付いてきてくれ」と言われ、大阪の難波・心斎橋に行った時に、高確率で黒いスーツの人が話しかけてきてこう言いました。

「お兄さん、うちで働きません??」と話しかけてきたのです。

 

ホストの勧誘でした。

 

この時、「こんな価値無しの自分でもニーズがあるのか?」と開き直り、「公務員試験に全部落ちたらホストになって、美容師になるために学校にいく学費を貯める!」と決意。

開き直ったぼくは、毎日朝は8時から夜は10時まで勉強。

学生時代で一番勉強した2年間だと言えます。

そして、力を振り絞って公務員試験を受験したところ……

なんとか、希望の役所に合格できました!

 

 

次回予告

試験勉強のコンプレックスを乗り越え、公務員生活をはじめて見えた世界とは??

そしてなぜ退職し、ストーリークリエイターとして独立したのか??

 

次回:なぜ、35歳2児の父のHARUは公務員歴14年で退職したのか?(第3話・連載最終話)

 

 

 

▼ストーリークリエイターHARUの人生ストーリーページ

https://harumizuki.me/story-haru/ ‎

 

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ABOUTこの記事をかいた人

HARU/ストーリークリエイター

35歳、2児の父だけど公務員歴14年で退職してフリーランスに。著書『グッバイ公務員』を書籍化するためクラウドファンディングを行ったところ、38日間で115人から609,806円を支援してもらいSUCCESS!!/”安定を捨てての挑戦”を身をもって示します。職業:ストーリークリエイター