失敗の数だけ伸びしろがある。まるちペインター なんばゆき(3)

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約9年ぶりに母校へ…!過去と今の自分に向き合う

なんば:この坂を通ったり、自転車で違う坂を押して上がったりとかしてました。不思議な感覚ですね…もう9年経ってんだって。すごい変な感じ。

 

Q:恩師はいた?

なんば:いないです。(笑)

 

Q:休憩は日本画棟の近くでしてた?

なんば:この上のところにコンビニがあって、建物の中とかでしてましたね。

よく休憩していた建物

なんば:毎日じゃないんですけど、ここで朝に清掃のバイトしてたんですよ、授業が始まるまでの2時間。

 

Q:え、大学でバイトってできる??

なんば:はい、図書館でも。かけもちしてバイトしてました。

 

通っていた日本画棟の校舎。当時はえんじ色だったが今はピンクになっていた

Q:なんか「トントントントン」ってなってるけど??

なんば:この音めっちゃ懐かしい。絵のパネルを作ってるんです。角材をみんなで買って、それぞれ自分のサイズに合わせて作って、そこに紙を貼って描くんです。それをしてる音です。

大学内を歩いて懐かしさを感じるなんば

 

 

幼い頃から自己表現しても認めてもらえなかった

Q:幼い頃から絵を描いても評価されなかった?

なんば:はじめは親からの否定。「そんなんアホでも描けるわ」っていう父親の言葉が今でも残っているというか…。でも、その言葉があったから「逆にやってやる」っていう思いにもつながったし。

大学に入ってから、「自分はこれで良い」と思って作品を描いていても、否定の評価がされるんですよ。

 

 

Q:芸大の業界の枠・ルールというか?

なんば:ずっと混沌としていて、迷子な感じで。「4年間すごく幸せー!」って感じではなく、悩んでいることが多くて。

「自己表現」って人それぞれだと思うんですけど、私が大学で日本画を描いていた時は、自分が描いた絵が自分の絵じゃないっていう感じだったんです。

絵を描くのに2、3ヶ月かかるんですね、大きい作品だと。その間、毎日教授や先生から指摘されるんですよね。「ここはこうしたほうがいい」って。

それぞれの先生の感性で言っているので、どの意見を頼りに仕上げていったらいいのかもわからない。かといって、自分だけでこのまま突き進んで仕上げていっていいのかもわからなくて。両側から引っ張られていて身動きが取れないっていう。

 

なんば:それがあったから今につながっているってプラスに考えるとそうなるんですけど、当時は「制限されている」って思ってました。「制限」には「良い制限」と「悪い制限」があると思っていて。

「いついつまでに痩せてアレを買うぞー!」みたいな自分にとってポジティブな気持ちになれる制限もあるけど、「どうせ私にはできない、周りもそう言っているし」っていうふうに「自分の枠」を制限する場合もあるというか。この後者の「制限」を感じることが強くて。

大学時代のなんば

なんば:4年そう過ごして卒業してから1年間名古屋の大学院を辞めたんですよ。教授や先生たちそれぞれの指摘がまたあって、同じことの繰り返しだなって思って。結局言われるがままやってるだけで、これは自己表現ではないなって。

もちろんその中でうまくいっている人もいるので、良い悪いではなく、ただ私には合わなかったってことなんです。

辞めてから「このまま日本画をやっていくのか」ってことも考えながらクリーニング店でバイトしていたら、旦那さんと出会ったんです。

旦那さんとの出会った時のイメージ(イラスト:なんばゆき)

なんば:6月頃にそのバイト始めて、旦那さんはお客様で来ていて。私はお客様としてとしか見てなかったから全く意識してなかったけど、8月に急展開があり、そこからいろいろあって、9月からお付き合いが始まりました。

 

 

旦那さんのおかげで自由に自己表現できるようになった

Q:旦那さんが存在を受け止めてくれた?

なんば:旦那さんは私の悩んでたことや迷っていた事を消し去る包容力があって。どこの家庭でも親は「この子のため」って思ってやってることだと思うんですけど、私は父親から否定される環境の中で育ってきたから、いつも自信がなかったんです。

でも、旦那さんはその私を好きになってくれて、「ゆきちゃんならできるよ」っていう言葉をくれて。そういう事を言ってもらえたのが初めてだったんです。

 

Q:「好きに表現して良いんだよ」って?

なんば:「私で良いんだ、自分を出して良いんだ」って思えて。その根拠のない自信が私にとってはすごく必要な事だったんです。

 

Q:旦那さんの存在がいてくれるおかげで「じゃあ自分は何をやるか」って思えたということ?

なんば:そうです、それで旦那さんは「若いんだから今のうちに色々チャレンジしてみたら良いんじゃない?」って言ってくれたんですね。その頃アパレルでバイトしてて、時間がある時に描いてるくらいだったんですけど、「この時間で作品を描けるんじゃないか」って思って、絵だけで活動しようって思ったんです。

 

 

なんば:それから1、2ヶ月ほどしてアパレルを辞めて、「まるちペインター」っていう肩書きを自分で作って活動するようになりました。それまでは「この絵にはこういう絵の具、画材を使わないといけない」って枠を感じてたんですけど、私の人生として考えた時に、「別にそういうの関係ないし、もっと自分の思うようにやっていく」ってなって。

好きな事を仕事にしていくっていうのも、「どうしたら続けられるのか」っていうこととかも自分で考えて、「まるちペインター」としてやっていくと決意したんです。

デザインもアートもイラストも似顔絵も、ジャグアタトゥーも自分ができそうだ、「やりたいな」と思うことはどんどんやれば良いなって思うんです。その道のプロの人が「いや、それは違うぞ、こうだぞ」って批判してきても、誰だって最初は何も知らないところから始めるじゃないですか?

だからそれで良いんですよ。

自分がその道で突き進みたいんなら。

私はそう思います。

 

 

何をするにしても「人」こそが絶対大事な存在

Q:活動しているといろんな人と出会ってますよね?地元名古屋だけでなく、関西でも。そういう人たちのことをどう思ってますか?

なんば:大学の時に関わってて深い関係になれたのは2人ぐらいなんですよ。同級生ではなくて職員さんで。

卒業して、旦那さんと出会ってから、活動し始めてからつながりが増えましたね。自分を知ってもらう機会が増えたので。それを通して仲良くなったり仕事を紹介してもらえたり増えていって。

 

なんば:この世界、地球では人と人がつながっているから、何をするにしても人って絶対大事な存在なんですよね。日本は平和だし、物や情報はがんばったら手に入るじゃないですか?

そういう社会だからこそ、人と人のつながりって本当に大事だなって実感してます。

 

 

 

関西の仲間が集うスナックキャンディを訪れた

スナックキャンディ京都オーナー ぬまっちさん

Q:なんばちゃんってどんな人ですか??

ぬまっち:明るくてポジティブなところに勇気をもらえます。

名古屋からうちの京都のお店で1日ママをやってもらったんですけど、いろんな人が集まってくれて、なんばちゃんの絵でみんなが元気になっていく姿を生で見ることができたんです。

男女問わず、関西のメンバーはみんななんばちゃんのこと好きですね。

 

Q:なんばちゃんの絵ってどうですか??

ぬまっち:いろんなタッチを描けますよね!直感的に惹かれる絵を描いているんですよね。身近な人でこういう絵を描ける人がいないので。ぼくの絵も描いてもらってて。感謝してます!

 

 

次回に続く。

 

 

 

▼次回

なんばはこれから新たなステップをきろうとしていた。

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ABOUTこの記事をかいた人

HARU/ストーリークリエイター

35歳、2児の父だけど公務員歴14年で退職してフリーランスに。著書『グッバイ公務員』を書籍化するためクラウドファンディングを行ったところ、38日間で115人から609,806円を支援してもらいSUCCESS!!/”安定を捨てての挑戦”を身をもって示します。職業:ストーリークリエイター